0232プライベートメモ2013(上)

0232プライベートメモ2013(上)


1.「自惚れ」


自惚れには2タイプある。
「自覚自惚れ形」と「無自覚自惚れ形」だ。

人は大抵、「私は自惚れてなんかないよ」と言う。
しかし、学ぶことをやめたときから、無自覚に自惚れになる。
人が「こいつ自惚れてるな」と思うような言動を無意識に露呈していくのだ。
自画自賛する人がいる。
その人は自惚れているだろうか?
外からは判断できない。
その人が、別のところで学ぶ姿勢を持っているかもしれないからだ。
「自分は自惚れたところがある」と自覚して学んでいる人は、だんだんと自惚れが少なくなる。
「俺は自惚れてなんかない」と言う人ほど自惚れていく。


2.復活しよう。


続けるというのは、一度もやめないということではない。
復活するということだ。
やめた回数が100回なら、100回復活するということだ。
一度やめてみた方が、自分がそれを行っていた姿を客観的に見つめることができる。
マイナスが多くてもそれでもやっているならばそれは好きなことだ。


3.ストレスを癒す。


金曜日の夜7時。
パーラーに入ってみた。
パチンコ台もパチスロもほぼ満席。
驚きなのは、年齢と雰囲気と身なりからして、会社の管理職だろう人がかなり多いことだ。
ここでストレス発散しているのだろうか?
だが、パチンコパチスロなんてものが、ストレス発散つまり癒しになるのだろうか?
否である。
ストレスを溜めるばかりだ。
本当の癒しは、治療ではなく予防である。
つまり、ストレスを溜めないようにすること。
そのためには、仕事の力をつけ、自信をつけること。
だから本当は、さっと帰って勉強したほうがいいのだ。

パチンコやスロット機は、お金をつっ込まないと回らない。
それを、「ストレス発散には金がかかるもんだよ」と正当化している。
だが、ストレス軽減にお金は一切必要ない。
例えば「早寝早起き」「就寝時間と起床時間の一定化」などだ。
お金持ちの人ほど、「人生において大事なものは、全部タダで手に入る」と知っている。


4.食文化。


食文化とは、食物料理を見て楽しむことだけではない。
その食物になった命と人々の関わり、これこそに本質があり。
そこを見つめなければ見えてこないものなのだ。
ドイツはソーセージを自宅で作る食文化がある。
それは「冬が厳しい」ことと「豚は美味しいし栄養豊富そして様々な肉に加工できることから、人々に食べられてきた歴史が1000年前からあること」を知らねば納得に至らない。


5.ボツろう。


ボツになったからといってそのアイデアは終わりではない。
ボツアイデアこそ、新しいアイデアの苗床になるのだ。
採用されたアイデアは新しい動きになって消滅し、手には残らない。
手に残るのはボツアイデアだ。
手に残るものが財産というなら。
ボツアイデアは、財産だ。


6.アイデアマンはクリエイター。クリエイターは、デストロイヤー。


イデアを出すことは難しい。
①既存のシステムを破壊することになる。
②職場内部を知っているため、お客様の目を持つことができない。生産効率を考えてしまう。
③自分の立場や足場としての仕事が変わったりなくなったりする事は、抵抗のあることだから。
イデアマンはクリエイターであり。
同時にクリエイターは、デストロイヤーでもあるのだ。


7.巨大ショッピングモールの付加価値。


ショッピングモールの本質的な目的。
それは、「買い物をする場所」である。
しかし、社会が成熟してくると本質とは違うものが求められ、そこで差がつくようになる。
例えば巨大ショッピングモールでのカートは。
アニメキャラクターの顔になっているものや子供乗車型になっているものがある。
アンパンマン」や「きかんしゃトーマス」などだ。
これに子供を乗せることで、親も子供も楽しめるのだ。


8.社会で自信を持つために。


シンプルなことで自信が持てる。

①大事だと思うことを続ける。
②その生活を続ける。

例えば、23時に寝て5時に起きる、それだけでいいのだ。
仕事に関係ないこと。
小さなこと。
プライベートなこと。
でいいのだ。
1年、2年と続けていくと、それが自信の源となる。
続ければ続けるほどに、不動の自信となる。


9.タクシーの運ちゃんの話。


「イベントの日には、安いホテルから埋まっていくんだよ」
「広島のイベントは規模が大きい。でも、ホテルが少ないんだよ」
「だからイベントの日にはホテルに困る人が出てくるんだな」
ところが、普段はホテルに泊まる人が少なくて、ホテル業は苦しい。
観光物が少ないのだ。
ビジネスの中枢でもない。
貿易の拠点でもない。
なるほど、ならば、「イベントの時だけタクシー送迎込みの貸し宿業」をすれば、きちんと儲かるということだ。
もちろん、そんなことをやる業者は、現在の広島市中心部には無い。


10.もらさない。


不平不満は抱えてもいい。
だが、もらさないことだ。
もらすことは、2つのデメリットを生む。
①自分も、聞く人も、気分が悪くなる。
②不平不満の源になっている物事や人、それに対する印象が、更に悪化する。

例えば上司に対する不平不満。
もらせばもらすほど、その上司が嫌いになっていくのだ。
見下すようになる。
不平不満を漏らすよりは、それを自分の改善点にすることで消滅させよう。


11.安心。


人の心に安心をもたらすのは、セキュリティでも場所でもなく、人付き合いだ。
人付き合いでうまくいっていない時は、どこにいても胸苦しい。
落ち着かない。
逆に人付き合いでうまくいっている時は、薄給だろうが酷労だろうが、何とかやっていけるものだ。
人付き合いを大事にしよう。
たった1人だけでいい。
1人を大事にしよう。


12.勝たない。


勝ちへのこだわりがなくなった頃、本当に勝てる。
勝って利益を得てやろうと言ってやっているときは、「負ければマイナス」「勝っても求めを埋めただけで、心理的にはプラマイ0」だからだ。
勝ちを捨ててかかれば「負けても0」「勝てばご褒美ゲット」なのだ。


13.会社もエコドライブしよう。


社団法人「日本自動車工業会」が提案する「エコドライブ」とは?

①計画的にドライブしよう。
②空気圧をチェックしよう。
③ゆっくり発進しよう。
④身軽にしよう。
アイドリングストップしよう。
⑥等速走行しよう。
⑦急加速しないようにしよう。

これらが「エコドライブ」の定義だ。
これらすべてが燃料の節約になる。
そしてこれらは、社会、会社の「エコドライブ」の定義にも言えるのだ。
人・もの・金の節約になる。


14.昇進。


仕事においては。
「時が来れば昇格する」と考えないで「自分でアクションして行かなければ時は進まない。自分は登らない」と考えよう。
昇進は、されるものではなく、なるものでもなく、するものなのだ。
という考え方の人から順に、昇進していく。


15.老いていく親。


老いて行く親に対し。
何がしかの親孝行したい、と考えるのが子供というものだ。
老いてやがて死んでいく親への孝行とは何だろうか。
それは、親の言いつけを守り従うことではない。
それは、人間として成熟していくことだ。
親から見れば子供は、かけがえのない一個の人間なのだから。
そして、「子供を“手のかかる危なっかしい存在”ではなく“一人の立派な人間”」として見つめるような立派な親にとっては
「我が子が人間として成熟していくこと」が、最高の親孝行なのである。


16.本当の不真面目さん。


自分の本質的なところが「真面目で思いやりがある」ことを知っていて。
それを時と場所に応じてちゃんと出すことができる自信があるからこそ。
時に不真面目で不摂生でいい加減な、馬鹿な真似ができるのだ。
ビートたけしさんのようにだ。
怒り、嫉妬、憎しみ、恐れ、不安からくる不真面目、不摂生は、偽物だ。
不真面目になることですら、努力と学習が必要なのだ。


17.型にはめる。


型にはまるのではなく、型に外れっ放しでもなく。
時に自分を型にはめたり。
時に自力で型から外れたり、自由に行き来できること。
それが自由だ。
それがノマドソウルだ。
型からの脱出は自由ではあるが、本質的な自由ではない。
型にはまることは「無力から有力への力の解放」でも「自由の獲得」でもない。


18.型からの逸脱。


決まりや型からの逸脱行為はそれ自体目的とされたものではなく。
自分らしさの追求の結果自然にそうなったことなのだ。
型にはめよう。
そして、型をはずそう。
そう考えるのではなく、「自分らしくあろうとする」ことで、意図せずはまったりはめたり外れたりするのだ。

例えば会社の月間テーマの反省でも。
自分の気持ちを自分なりに整理して書こうとするから。
つい記入欄をはみ出して裏面にまで回って裏面いっぱいに書いてしまったりするのだ。
それは結果なのだ。
「結果的に型からの逸脱」、それでいいのだ。


19.損失が入場料。


JRの広告のコピー。
「出かけなければ、出会えないのだ」

まさにその通りだと思った。
出かけなければ出会えないものがある。
しかも出かけて損をしなければ出てこない出会いというものがあるのだ。
出かけることなく出会おうなんてそもそも高慢だ。

そして、出かければ得をするだろうと思うのも間違いだ。
出かけて損をして初めて深い出会いが開かれるものなのだ。
「損失が、入場料」だったのだ。
これから始まるのだ。


20.自分を目指そう。


スペシャリストを目指せ!ゼネラリストは使えない」
と言われた。
しかしこの頃は、「一芸に秀でたゼネラリストになれ!」
なんて言われる。
誰にも負けない分野持ち広い視野で世の中を見て、潰しがきいて臨機応変な人材になれ、というのだ。
だが、時代が変わっても、求められる人材とは「カテゴリーではなく個人」なのだ。
自分らしさを追求しよう。
とことんまで。


21.良い人も、嫌な人も、先生だ。


尊敬できるいい人を、先生として学ぼう。
自分自身の内で考えて自発的に行動することも大事だが、人から学ぶことによって、新しい学び、自分の別の側面が見えてきて、成長できるものなのだ。
逆に、嫌いな人はこれまた反面教師として観察しよう。
自分がそうならないようにいろいろな学びを与えてくれるものだ。


22.ボランティア。


ボランティアは、させていただくことなのだ。
やってあげることではない。
「やってあげる」のではなく、「やってあげるという傲慢さを取り払うために行うもの」なのだ。
「人のために」と考えると、「やってあげている」となる。
ボランティアは「自分のためにやる」ものだ。
汗をかいて老廃物を外に出すためにやるのだ。


23.年賀状。


つき合いがあって出す、年賀状。
でもつき合っていない人には出しにくい、年賀状。
つき合っているから出すのではなく、「出すからつき合いが進んでいく」。
そう考えれば、つき合っていない知人にも出せる。
年賀状は挨拶だけではない。
年賀状は広告でもあるのだ。


24.安さ。


安さだけでは物は売れない。
欲しいかどうかがまずあって、「欲しい」となった時、初めて「価格が手頃かどうか」が問われるのだ。
パチスロ機5万円が特売の9800円でも、欲しくない人にとっては無駄な出費としか思えないのだ。


25.本物の時代。


本物が出てくる時代。
本物こそが活躍する時代。
本物でなければ成功できない時代。

本物とは何だろうか?
「すぐれた技を持つ者」
ではない。
ナンバーワンではない。
本当の自分で仕事をする人だ。
つまりオンリーワン。
人と比べようがないのだ。

価値があるかないかは個人の価値観にゆだねられ、万人にとっての高価値ものがなくなるということだ。
こういう時代が来ているのだ。
ヴィトンが好きな人は、8万4000円するヴィトンのバッグを勝ってウットリする。
だがヴィトンに全く興味が無い温泉好きの人は、「8万4000あったら700円の温泉に月一回、10年も通えるじゃない」と言う。


26.ダイソー


100円ショップダイソーは100円均一。
ダイエーは、88円均一にした。
だが、ダイエーは長続きしなかった。
ダイエーは安さ戦略だったのだ。
ダイソーは実は安さ戦略ではなかったのだ。
ダイソーは、「主婦が500円玉1個で30分遊べるエンターテイメントの場を作ろう」という戦略だったのだ。


27.売れた商品の理由。


その商品がなぜヒットしたのか?
バブル期にヒットした商品の「なぜ売れたのか」という理由はすべて後付けだったと言われている。
ということは、これから出す新商品に対し、その売れた理由を参考にしても、うまくいかないということだ。
あてにならないのだ。


28.ストレス。


ストレスがたまるのは一方的に悪いことではない。
自分が成長していって現状維持の会社にいるとストレスは大きくなる。
ギャップが開くからだ。
この場合ストレスが生じるのは悪いことではない。
成長している証だ。
そのストレスを使って会社を変えるように働きかけるか。
もしくは会社を変わる。
その力に変えて行こう。


29.知性。


知性のある人は静かだ。
何でもない普通の人のようだ。
決して威圧的であったり、いかにもこの人は偉大な人だという感じを周りに与えたりはしない。

「俺はすごいやつだ」
と言う人は、そう言う時点ですごくない。
なぜなら知性は、磨けば磨くほど世界が広がっていって相対的に自分が小さくなるからである。

つまり知性があればあるほど、周りに対して謙虚になるのだ。
だから知性のある人は、ものすごくいろんなことを知っているのに、「私はまだまだ至らない」と言うのだ。


30.カウントダウン。


カウントダウンすると無意識に「0」と同時に目に映るものを見ようと注目する。
なるほど、物を人々に見てもらうには、そのもの自体の価値も重要だが「工夫した見せ方」も重要なのだ。
なんでもないものでも、いきなり見せるよりも「カウントダウン」後に見せる。
その方が印象的になる。
意識を向けてもらいやすくなるのだ。

その典型が、「元旦」。
本当は365回ある朝の一つなのに、元旦はカウントダウンされることで、異常なまでに貴重視される。
毎朝が元旦であってもいいというのに。
自分の誕生日を「1年の始まり」にしてもいいというのに。


31.正念場。


人のありがたみ。
それは「もうだめだ。もうどうにもできない」という土壇場になって初めてわかるものだ。
その時、心の中に突如師匠か現れる。
今までずっと気がつかなかったけれども、自分にさりげなくやさしい言葉をかけてくれていた人。
さりげなくいたわってくれていた人。
その人が心に浮かんでくるのだ。

その時、心は復活する。
「そうだ。ここが勝負だ!負けてたまるか!」
心に一つの念が生まれた時、どうにもならない「土壇場」は、まっすぐに突っ走るべき「正念場」となる。


32.勝っているときに、やめよう。


満足いく仕事ができたら、次の仕事に移ろう。
同じことをしていても進歩はない。
「新記録が出たら、それがスタンダードになる」
それと、一緒だ。
今いる会社で一度に40件のアイデアを提案できたら、次は50件。
もしくは別の職種で40件のアイデアを提案すること。
それが成長だ。
勝ったときは、やめるときだ。


33.何でも溜めない、止めない。

「何事も、溜めない、止めないこと」
これは、何番寺か忘れたが、四国八十八ヶ所のお寺のお坊さまが教えてくださったことだ。
「何でも、溜めない、止めない」
という考え方の前提には、「すべてのものは流れている。すべてのものは移り変わるもの」という認識がある。
嫌な事も宿題も喜びも富さえも、溜めない、その流れを止めないこと、それが営み。
それが人生なのだ。


34.換気扇をつけよう。


窓もカーテンも開けず部屋にこもっていると、特に梅雨時などは、部屋が湿気で曇ってしまう。
空気がこもってしまう。
心までもが、じめじめしてくる。
そのままでいると、心にカビが生えてくる。
他人が見ると「しかめ面をして後ずさってしまうような」人間になってしまうのだ。
心の窓を開けよう。
心に換気扇をつけよう。
息抜きというやつだ。


35.ボツ。


ボツった時はやめどきではない。
イデアを出しまくって95%がボツになった時。
それは会社を「わからずやめ!」となじる機会の到来ではない。
それは「もっと出そう」と発奮する機会の到来なのだ。

大事なのは動機なのだ。
自分は今できることを全力でやっている、人の役に立つかもしれないことをしている。
のであれば、結果を気にすべきではないのだ。



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